Be my valentine.

 
バレンタイン、後日談・・・いや、当日談。
前作「ほのかに甘く」から続くお話です。


 




前代未聞のことである。

彼の愛犬である老コリーが、足元からやたらとワンワンと吠えているのも無理はない。

なにしろ、「あの」マエストロ・カン・ゴヌが、春色の花束を抱えて帰宅するなり、迎えに出た妻にそれを手渡したのだから。
時まさに2月14日。聖バレンタインデーの夕刻である。






ただし、”伴侶に花を贈る”というごくささやかで一般的なロマンチックめいたやりとりの割には、当事者のひとり、夫の側がこの上なく気難しい顔つきなのがいただけない。
それが芯からの苦々しさによる仏頂面なのか、それとも照れ隠しのあまり必要以上に目元口元に力を込めてしまうがゆえなのか、どうにも判別がつかないが。

いずれにせよカン・マエは、赤とピンクと白を取り混ぜた花束を抱え、びっくり眼の妻トゥ・ルミにそれを差し出しながら言ったのである。

「おまえにだ」

そして間髪いれず、

「これが、ドイツのバレンタインだ」

「次の3小節、フォルテシモで」と指示するのとまったく同じだけのピシリと鋭い語気で、肩をそびやかせつつ、15歳年若の妻に傲然と宣言したのだ。

対して、「ほえ?」と「へっ?」のちょうど中間に位置する甚だ間の抜けた声で、相対するルミは呆然と、己の夫と、彼から突き出された花束を見比べるばかりだ。
そして、彼女の夫は指揮者であるがためにその珍妙な発音をきれいに聞き分けて、指示通りの音を出さなかったホルンを咎めるがごとく、最大限の不服に満ちた縦じわをきっちり眉間に刻んだ。

果たしてこの華やかで愛らしく優し気な花を集めたものを、自分が受け取って良いのだろうか?と対応を判じかねて、中途半端に両手を腰のあたりまで上げたまま動きを止めてしまったルミに、なかば押し付けるように花束を無理やり受け取らせてから、カン・マエは、

「ドイツ(こちら)では、男性から女性に花を贈るものだ。義理だ友達だとあちこちにチョコレートを配り歩くようなイベントではない」

と昨日のやり取りを引き合いに出して追い打ちをかけ、これで用は済んだとばかりに頷くと、パタパタと尻尾を振る愛犬を従えて大股でリビングへと入っていった。

そしてそれから夕食まで小一時間、かたくなに書斎に籠ったままであった。







夕食後、水切りをしておいた花束をクリスタルの花瓶にきれいに活け替えて、ルミはそれをダイニングテーブルの真ん中に置いた。
とたんに部屋の空気が春の色合いに変化する。

丸い胡桃に似た瞳を柔らかく笑みに下げ、かすかに目を細めてそれを眺めてから、リビングのソファで、広げた新聞の間にすっかり顔を隠して沈黙したままの15歳年上の夫に視線を送る。

カン・マエが新聞をめくるついでに眼鏡越しの横目で一瞬だけそれを受け止めると、すかさず「えへへへ~」と笑いかけてきた。
彼はとたんに目を剥いて、レンズをきらりと光らせ、声を尖らせる。

「何がおかしい」

「おかしいんじゃなくて、嬉しいんです」

ぐむ、と夫の言葉が妻の直球によって封じられた。

一呼吸置いて態勢を立て直し、精一杯負けぬ気を見せて、彼は「――ふん」と鼻を鳴らしてから、

「とにかく」とやけにひとことずつ区切って

「これでよく分かっただろう、来年からは突飛な行動で周りを振り回すなよ」

さも権威者らしく、新聞を畳みながら指南する。
その様子をさもおかしそうに受け止め、くすくすと笑みながら「――はい」と頷きつつも、

「そういえば、前回あなたから花を送ってもらったときも、なんだかあなたはすごく威張ってたわね」

とルミは指摘した。
む、と、とたんにカン・マエの口が最大限のへの字に曲がる。
しかし、

「でも嬉しい」

あまりに晴れ晴れと彼女が言うので彼はふたたび言葉に詰まり、やけに眩しげに両眉をしかめて視線を逸らせてしまう。

「・・・とっても嬉しい」

無意識なのか計算ずくなのか、さらに目尻をやさしく下げて艶やかな前歯を唇の間に光らせて大きく笑んでとどめを刺すので、どうにか形勢を挽回しようと、彼はことさら重く咳払いを落としてから、

「どうでもいいが、まさかバレンタインの由来を知らないとは言わないだろうな?」

とたんに「マエストロとコンマス」のような姿勢を見せて、優位をとるべく話題を変えた。

「・・・へ?」

まんまと軌道修正に乗っかって、本日2度目に、コンマスは間の抜けた返答である。
マエストロ・カンは舌打ちしかけてかろうじてそれを留め、眉を剣呑にしかめながら年若の妻を叱りにかかった。

「いいか、本来そんな浮かれ騒ぐための日ではないんだぞ。もともとは聖人バレンタインの殉教の日なんだ」

「聖人・・・昔の人・・・?」

とたんに、「・・・これだ」とあきれ返って大きく肩をすくめ、わざとらしく嘆息を落としてからカン・マエは

「いいからここへ座れ」と、ソファの隣をとんとんと手で叩いた。
ルミはそれへ応じかけ、しかし何かに気づいてパッと表情を明るく変え、

「あ、待って!」

両手を伴侶に向けてそう言うと、

「お話を聞くんだから、せっかくだからコーヒーを淹れてきます。そのほうがゆっくり聞けるから!・・・ね?」

小首を傾げる。

「・・・・・」

瞬きをしつつ、ああ、と低く頷くカン・マエへ

「作ったチョコがまだいくつかあるから、それも出すわね!」

やたらと嬉しそうにそう言って、いそいそとキッチンへ向かった。
しばらく中途半端な姿勢で固まっていたカン・マエは、やがて、湯を沸かし始める音が聞こえてくると、ふ、と鼻から軽く息をこぼし、それでも少しばかり表情をやわらげて再び新聞を開いた。




それから。

香りよく淹れられた深煎りのコーヒーと、ココアやパウダーシュガーをまぶした生チョコ、チーズとクラッカーなどの軽食がリビングテーブルに並べられ、マエストロ・カンによる「バレンタイン講座」が始まった。

ふんふんとうなずきながら時に質問なども入れ、時にさりげなく夫にチョコレートを勧め、彼の話を間近に真剣に受けとめるルミのはしばみ色の瞳に、カン・マエもまんざらでもなく、最後にはバレンタイン発祥についてだけでなく当時の社会情勢や宗教観にまで話は及んで尽きることがない。

ともあれ、窓の外は真冬の風の吹く一日(いちじつ)、充分に暖まった邸宅で、春の香りにあたりを満たす花束と、ほろ苦く洋酒の効いたチョコレートと、愛する人との語らいの時間、しかも話題は聖バレンタイン卿の逸話と当時の国際情勢と人々の文化風習という、言ってみればこの上なく生真面目で完全無欠のバレンタインデーを、彼らふたりは過ごしたのである。


  Happy Valentine's day !



(了)


なんとどさくさに紛れて「ルミに花を贈りましょう」キャンペーン復活しましたv
カン・マエがやっとまともに花を贈ったよ!
・・・すっごく仏頂面ですが。

カン・マエは、蘊蓄を語り始めると止まらない、というイメージがあります。
ルミは喜んでそういう話を聞きそう。そしてさらにカン・マエ喜びそう。

指摘される前に言っておきますけど(笑)、
「なにがおかしい」「おかしいんじゃなく嬉しいんです」というやりとりは、別のSSでも使った会話です。
たぶん、同じ二人なんだから何度も同じやりとりが起こるはずだと思って再登場。
決して前回のことを忘れているわけではないのだよ、といういらぬ主張をしておきます(言い訳ですっ!)


 
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韓国ドラマ「ベートーベン・ウィルス」(ベバ)に感染し、勢い余って二次創作・二次小説(SS)に進んでしまいました。 妄想では続編も含めてひたすらカン・マエとルミの恋愛面のみ描きます。
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韓国ドラマ「ベートーベン・ウィルス」に感染し、期間限定でカン・マエ万歳な妄想(二次創作)を綴っていきたいと、突如ブログを立ち上げた猪突猛進型主婦。
恋をしなくても生きていけるけど、恋愛要素がないと生きていけない。